既にタイムオーバーのはずの平昌五輪の南北共催論はなぜ起きたのか

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6月20日、平昌(ピョンチャン)五輪をはじめとするスポーツ行政の所轄官庁である文化体育観光部の都鍾煥長官が平昌五輪の組織委員会を訪問し、平昌五輪において北朝鮮の馬息嶺(マシクリョン)スキー場を活用する、女子アイスホッケーで南北単一チームを結成する、聖火を北朝鮮の開城(ケソン)、平壌(ピョンヤン)を通過することなどを検討しているといった発言をし、波紋を広げている。

6月22日付の『産経新聞』はこの動きを1面トップで報道。「韓国の文在寅政権が平昌五輪で検討する一部競技の北朝鮮開催が実現すれば、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮の金正恩政権を外貨で潤すことになり、対北制裁を強める国際社会の足並みを乱す恐れがある」との懸念を示している。

こうした政治的な側面は置いておくとしても、大会を約230日後に控えた現段階で、責任ある立場の人にそうした発言をされても困る、というのが、準備にあたる人の本音ではないか。

2011年に大会の招致に成功した後、スキー・滑降競技の会場である加里王山が、朝鮮王朝時代から守られてきた自然保護林であるとして、環境団体などから強い反対にあった。北朝鮮が2013年に完成させた馬息嶺スキー場が、滑降競技の国際規格に合うように造成されれば、少なくとも、スポーツ競技の面からは好都合だったのかもしれない。

政治的な思惑? 関心アップのため?

しかし平昌五輪の競技施設はほぼ完成し、テストイベントも行われた。売れ行き不調とはいえ、チケットも発売されている。時期的にみれば、共催、または分催の話はもうタイムオーバーだろう。

それでもこうした話が出る背景は何か。