平昌五輪、北朝鮮頼みが招く北朝鮮リスク

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1988年のソウル五輪では、ソ連の参加が大きな焦点になっていた。

韓国と北朝鮮は長い間勢力を誇示する競争を繰り広げてきたが、韓国の経済成長が軌道に乗ってきた1980年代、南北の差は、はっきりし始めていた。

そうした状況で、共産圏の盟主であるソ連がソウル五輪に参加することは、北朝鮮にとって決定的なダメージであった。

金日成主席はゴルバチョフ書記長に、参加しないよう要請したが、拒否されたといわれる。ソウル五輪では、日本やアメリカはヒールであり、ソ連には、観客から声援が送られていた。

ソ連が崩壊した後も、その中心であるロシアは、相変わらずスポーツ大国である。

韓国でソウル五輪以来、30年ぶりに開催されるオリンピックである平昌五輪でロシアは、ドーピング問題により、国としての参加が禁止されることが決まった。

ロシアが参加しないことは、それでなくても盛り上がらない平昌五輪に、また大きな難題を抱えたことを意味する。

ドーピングで汚染された疑いのある選手が参加することは、大会の価値を下げることになる。

その一方で、注目の選手が参加しないことも、大会の価値を下げることであり、平昌五輪は、ジレンマを抱えたまま、状況は厳しくなる一方だ。

北朝鮮は平昌五輪出場の意思を持っていた?

参加といえば、北朝鮮問題も大きい。