母に逆らえず33歳でこの世を去った朝鮮王朝の第13代王・明宗(ミョンジョン)とは

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そう考えた文定王后は、自分がお腹を痛めて産んだ明宗を絶対に王にしたいと考え、世子の命を狙うようになった。

しかし、暗殺の危機を乗り越えて、世子は1544年に中宗が亡くなったあとに12代王になった。これが仁宗(インジョン)である。

『オクニョ 運命の女(ひと)』で明宗を演じたソ・ハジュン
彼は人徳があり親孝行な王だった。そんな仁宗の命を狙い続けた文定王后。その執念は凄まじかった。

結局、仁宗は即位して約8カ月で急死した。

文定王后に毒殺されたと見られている。

いずれにしても、仁宗の急死によって、明宗が13代王として即位した。仁宗に子供がいなかったので、弟に出番がまわってきたのである。

明宗が王になったとき、まだ11歳だった。

王が未成年で即位すると、王族の最長老女性が政治を代行することになっていた。その役を担ったのが、明宗の母の文定王后だった。

これは、朝鮮王朝の民衆にとって不幸なことだった。なぜなら、文定王后は一族で政権を独占し、賄賂政治で不正を横行させたからである。

当時は凶作が多かった。しかし、代理政治を行った文定王后は民衆の困難に目を向けず、国中に餓死者があふれてしまった。

明宗は頭が良く、心が優しい少年だった。しかし、母が政治を代行しているので、彼はどうしようもなかった。

玉座に座りながら、どんなにつらい思いをしていたことか。彼は、悪女の典型ともいえる母によって苦しめられた。

成人した明宗は自ら政治を仕切るようになったが、ことあるごとに口をはさんできたのが文定王后だった。

心労が積み重なってしまった

彼女のやり方は露骨だった。