“脱北ファイター”が日本選手を粉砕!! 「負けたら母が刑務所行き」の十字架を背負い

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チャン・ジョンヒョク
【ニュース提供=スポーツ・ソウル】3月31日、忠清(チュンチョン)大学のコンベンションセンターで行われた『TFC DREAM5』のメインイベントである韓日戦で、“脱北ファイター”チャン・ジョンヒョクが4勝無敗の戦績を誇った日本の10代の天才ファイター西川大和に逆転KO勝ちを収めた。

西川は日本の格闘技団体であるPFCの現役チャンピオンで、“未来のUFCチャンピオン”と期待を集めている日本のファイターだ。専門家らは西川の圧倒的な勝利を予測した。

しかし、チャン・ジョンヒョクは大方の予想を覆し、1ラウンドKO勝ちを収めるサプライズを起こした。これまでチャン・ジョンヒョクは、ライト級の有望株として期待を集めたが、西川はあまりにも強い相手であっただけに、驚くべき勝利だったと言える。

チャン・ジョンヒョクは、「バックナックルを受け、転倒しましたが、心の中で“ここで負けたら終わりだ。私の後ろに北朝鮮の軍人が追ってきている。捕まったらお母さんがまた刑務所に行く”と考えた。瞬間的に、死ぬほどの力を尽くさなければならないという気持ちが生じてきた。それが、逆転KO勝利を上げることができた背景だ」と話した。

脱北を決心した理由

「それは明かせない」「詳しく書いてはいけない」……二十歳の青年は心配が多かった。

2015年に韓国の地を踏んだチャン・ジョンヒョクは、記者の質問に明快に答えを出さなかった。故郷に置いてきた親戚たちと友達が心配だからだ。

韓半島(朝鮮半島)の最北端、咸鏡北道(ハムギョンプクド)の穏城(オンソン)がチャン・ジョンヒョクの故郷である。チャン・ジョンヒョク2009年、身を切るような寒さが襲った11月に、母の手をつかんで豆満江(トゥマンガン)を渡った。

チャン・ジョンヒョクはこう振り返る。

「12歳まで北朝鮮に住んでいた。どこで暮らしたのか、詳しく明らかにすることはできない。小学校に4年通い、6年制の中学校の2年生になったとき、豆満江を渡った。11月の豆満江はとても寒かった。川を渡った人は、大勢がしもやけになった。服がカチカチに凍ったが、幸いにも私とお母さんは大きな怪我無く中国の地を踏んだ」

チャン・ジョンヒョクが中国行きを決心したのは、空腹のためだった。

「穏城は奥地であるうえに、立ち遅れているところだった。ほとんどの人が苦しい生活をしていた。中国に行くと、空腹がなくなると思った」

「一カ月、殺人犯と刑務所で暮らした」

命をかけた脱北だったが、それは同時に、新たな試練の始まりだった。