“大人の事情”で甲子園は行けなかったが…韓国野球の発展に寄与した東京の元球児

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7月1日、うだるような暑さのなか、高校野球の東西東京大会の開会式が行われた。

第100回の記念大会である今年は、過去夏の甲子園大会に出場した31校を先頭に入場行進が始まった。

ただ、夏の大会の優勝校となると、これに帝京商業(現帝京大高)が加わる。

帝京商業は、1939年の第25回、41年の第27回の東京大会で優勝しながら、2回とも甲子園には行けなかった。第25回のときは、未登録の高等小学生がいたためとなっている。

実は未登録の高等小学生とは、後にフォークボールを武器に日本球界を代表する投手になる杉下茂氏である。話は複雑なので割愛するが、杉下氏にすれば、大人の事情に振り回された形での出場辞退であった。

そして第27回大会は、戦時体制下に入り、大規模な軍事演習(関東軍特別大演習)を行うため、輸送機関は軍事優先となり、野球に限らず、全国規模のスポーツ大会は中止になったからだ。

それでも東京大会は行われ、決勝戦では帝京商業が京王商業(現専修大附属)に14-0で圧勝して優勝した。この試合の5番打者には、帝京商業は三塁手の金光、京王商業は中堅手・投手の高澤という選手がいるが、二人とも韓国人であった。

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「金光」と「高澤」のその後

創氏改名で日本名になっているが、金光が金永祚(キム・ヨンジョ)氏であり、高澤は高光籍(コ・グァンジョク)氏である。

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