韓国サッカーを変えたヒディンクの改革と戦略

Pocket
LINEで送る

(写真提供=SPORTSKOREA)
(写真提供=SPORTSKOREA)
2002年日韓ワールドカップでアジア初のW杯ベスト4進出を果たした韓国代表。その成功の要因は、A代表としては韓国サッカー界史上初の外国人指揮官となったフース・ヒディンク監督によるところが大きい。1998年W杯でオランダ代表をベスト4まで導き、スペインの名門レアル・マドリードを率いてトヨタカップも制したこの外国人監督は、韓国サッカー界にさまざまな改革をもたらした。

例えば就任時から掲げてきた超実戦主義の強化方針である。

ヒディンク就任からW杯開幕までの1年6カ月間で韓国は32回のAマッチを消化。フランス、チェコ、イングランドといった欧州列強にも果敢に挑み、海外遠征にも頻繁に出掛けた。結果を得られずマスコミの非難にさらされた時期もあったが、ヒディンクは「弱い相手と戦っても自らを欺くだけ」という持論を決して曲げなかった。

その信念が、“アジアの虎”という看板を楯に現実逃避しがちな韓国サッカー界の目を世界に向けさせ、真に国際舞台で通用する自信と経験を植えつけた。

韓国の悪しき因習を一刀両断

その強化期間中にヒディンクが代表チームに招集した選手は計64人。過去の実績や有名無名にかかわらず、実力がある者を積極的に抜擢した。