2009年WBCから10年。日本と激闘を演じた韓国選手たちは今、なにをやっているのか

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大会の後、当時韓国代表のヘッドコーチであった金城漢(キム・ソンハン)から、その舞台裏を聞いたことがある。

(写真提供=SPORTS KOREA)第2回WBCに出場したイチロー

金によれば、決勝戦を前に韓国は、様々な状況を想定して、選手起用などのプランを練っていた。9回まではそのプランにほとんど狂いはなかったが、延長戦は想定外だった。そのため林昌勇は、9回、10回とイニングまたぎの投球になった。

二死二、三塁になったところで、打席にはイチロー。敬遠も考えられたが、ベンチは次を打つ中島裕之(当時西武)も怖かった。そこで、際どいコースを投げろという指示をした。ところが、イチローに粘られた。そこで歩かせろと指示を変えたが、徹底できず、イチローに決勝打を打たれた。

イチローの決勝打は、日韓の野球史で長く語り継がれる場面であろう。

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“イチローキラー”も引退

このときのWBCの韓国代表で、最も強烈な印象を残したのは、韓国代表のエースであった左腕の奉重根(ポン・ジュングン)だ。