【漢の韓流時代劇】随一の美女で“悪女”の張禧嬪(チャンヒビン)、その人生とは?:後編

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【前回】随一の美女で“悪女”の張禧嬪(チャンヒビン)、その人生とは?:前編

1689年、張禧嬪(チャンヒビン)からの度重なる催促を受けていた粛宗(スクチョン)は、高官たちを集めて昀(ユン)を元子(ウォンジャ)にすると伝えた。

それに対して高官たちは反対意見を述べた。なぜなら正妻の仁顕(イニョン)王后はまだ21歳と若く、まだ息子を産む可能性が十分にあったからだ。

王妃となった張禧嬪

しかし粛宗は「すでに決めたことだ」と、反対意見をすべて無視した。