【漢の韓流時代劇】“最悪の暴君”と呼ばれた燕山君(ヨンサングン)は何をしたのか

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燕山君の母親は斉献王后(チェホンワンフ)だが、彼女は王の顔を引っ掻いた罪により廃妃(ペビ)となり、死罪に処されている。

そのため母親の愛を知らない燕山君はわがままに育ち、1494年に10代王として即位する。

そんな燕山君にまつわる逸話が2つあるので紹介しよう。

1つ目は鹿にまつわる話だ。

ある日、父親の成宗に呼ばれて庭にやってきた燕山君。そんな彼のもとに、成宗がかわいがっている鹿が寄ってきて衣服を舐めた。そのことに腹を立てた燕山君はその鹿を思いきり蹴飛ばし、王となった後にこの鹿を殺してしまう。

時代劇『王妃チャン・ノクス~宮廷の陰謀~』の燕山君(中央、演者ユ・ドングン)

2つ目は恩師にまつわる話である。

少年時代の燕山君には2人の優秀な教師がついていた。勉強が嫌で遊びまわっていた彼に対して、教師の1人は優しく接したが、もう1人は厳しく接した。燕山君は王として即位した後、その厳しかった教師を処刑している。

そんな燕山君の生活態度は酷くなる一方で、本来は最高学府である成均館(ソンギュンガン)を酒宴場にして、毎日のように酒池肉林を行った。

それだけ傍若無人な振る舞いをした燕山君は、多くの人の命を奪う最悪の事件を起こす。

廃位となった燕山君

いったい何をしたのだろうか。