【漢の韓流時代劇】“最悪の暴君”と呼ばれた燕山君(ヨンサングン)は何をしたのか

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父親の成宗が周りの者に口止めしたため、周囲の者たちは誰も母・斉献王后のことを話さなかった。しかし出世欲に目がくらんだ者が、燕山君に母親が追放されて死罪となったことを話してしまう。

それを聞かされた燕山君は、一晩中泣き続けた。

その後、燕山君は母親の死に関わった者たちを処刑し、すでに亡くなっている者たちに対しては墓を掘り返して首をはねたのである。

王の暴政に我慢できなくなった庶民たちは、ハングルで「女と酒のことしか頭にない最低な王だ」など悪口をあちこちに書いた。それを知った燕山君は、庶民がハングルを使うことを禁止する。

暴君として多くの人から恨みを買っていた燕山君。そんな彼を追放しようとするクーデターが1506年に起きたが、暴政ばかり行ってきた燕山君を守ろうとする者は誰もいなかった。

結果、王宮を追放された燕山君は江華島(カンファド)に流罪となり、わずか30歳で世を去った。

王として多くの人に迷惑をかけてきた燕山君は、朝鮮王朝27人の中で最も評判が悪い。そんな彼は王になるべきではなかったのかもしれない。

(文=康 大地/コウ・ダイチ)